【半日コース】

城を持てなかった森藩の歴代藩主は、城へのあこがれが強かったといいます。その夢を叶えたのが三島宮(現末廣神社)の再興といわれています。神社改修を口実に、陣屋背後の丘陵に城のような石垣を築きました。藩主の夢を思いながら、ちょっと違った視点で神社を歩いてみましょう。

 

城のように幾重にも廻る石垣

 

お城仕立ての石垣丘陵に造られた神社は北を除く三方を石垣に囲まれ、下から見上げると、幾重にも廻らせた石垣が城郭の雰囲気を出しています。

 

石垣の角にある一枚岩

 

武者返し?
陣屋から神社へ登る石畳の御長坂(おながざか)は、藩主が行き来していたであろう長い石畳の坂。登りついた先の石垣の角に巨大な一枚岩が乗せられています。まるで、何者も侵入させまいとしているように。

 

栖鳳楼

藩主が眺めた城下町

 

神社のシンボル
丘陵南端には栖鳳楼という二階建ての建物があります。栖鳳楼は見晴らしがよく、森城下町からもよく見えるため、天守閣としてつくられたともいわれています。

 

100m続く石垣

 

城を目指して~角牟礼城跡
実は神社背後の角埋山に石垣を持つ城跡があります。
神社の奥からまっすぐ登ること30分程、長さ100mの石垣が目の前に現われます。石垣は加工をしない自然石を積み上げる「野面積み」。
その石垣を辿っていくと、その端は角埋山の岩盤にぶつけられています。岩盤はメサの名残。数mから十数mの絶壁は天然の石垣として利用されました。

 

城を持てなかった藩主の夢をたどる

【半日コース】

城を持てなかった森藩の歴代藩主は、城へのあこがれが強かったといいます。その夢を叶えたのが三島宮(現末廣神社)の再興といわれています。神社改修を口実に、陣屋背後の丘陵に城のような石垣を築きました。藩主の夢を思いながら、ちょっと違った視点で神社を歩いてみましょう。

 

城のように幾重にも廻る石垣

 

お城仕立ての石垣丘陵に造られた神社は北を除く三方を石垣に囲まれ、下から見上げると、幾重にも廻らせた石垣が城郭の雰囲気を出しています。

 

石垣の角にある一枚岩

 

武者返し?
陣屋から神社へ登る石畳の御長坂(おながざか)は、藩主が行き来していたであろう長い石畳の坂。登りついた先の石垣の角に巨大な一枚岩が乗せられています。まるで、何者も侵入させまいとしているように。

 

シンボル:栖鳳楼

藩主が眺めた城下町

 

神社のシンボル
丘陵南端には栖鳳楼という二階建ての建物があります。栖鳳楼は見晴らしがよく、森城下町からもよく見えるため、天守閣としてつくられたともいわれています。

 

100m続く石垣

 

城を目指して~角牟礼城跡
実は神社背後の角埋山に石垣を持つ城跡があります。
神社の奥からまっすぐ登ること30分程、長さ100mの石垣が目の前に現われます。石垣は加工をしない自然石を積み上げる「野面積み」。
その石垣を辿っていくと、その端は角埋山の岩盤にぶつけられています。岩盤はメサの名残。数mから十数mの絶壁は天然の石垣として利用されました。